死ぬまで 生きる。

主観的で個人的な日常生活について

夜学通学者の晩御飯が気になります。

f:id:liangjia:20210410112351j:plain

 

鍼灸師を目指し夜学に通い始めて半月。

こんな感じになっております。

 

まだ慣れてない。

というか覚えること多いのと予想より宿題や小テストが多くて目が回りそうです。しかも授業開始前「まぁいけるやろ」と土日に予定をいれていたりしたものだから、頭パンパンすぎて寝つきが悪い!寝ても寝ても眠いのですが!?という2週間でした。

 

時間の捻出難しいです。

特に食事。作る時間もあまりないので、レトルトや乾物にめちゃくちゃ助けられていますが、そればかりでは飽きるし、倒れてしまいそうだし、健康に生きることを学びに行って倒れるとか本末転倒ですし。

 

今は朝昼はしっかりめに食べて、夜(授業前に軽く)食べよう。ということにして、プロテイン飲料を補助に使っていますが、果たしてこのルーティンで上手くいくのか…

 

朝:起きぬけの白湯→プロテイン→シリアルとかパンとか米とか、お味噌汁に乾燥野菜入れたものとか。

 

昼:パスタやどんぶりもの。(在宅勤務時)

  市販の”かけるだけ”のどんぶり用ソース?やパスタソースを活用。

  パスタはタッパに入れて水入れてレンチン。途中で乾燥野菜や代替肉を入れています。(肉や魚を調理すると時間かかるので、そのまま使えるタイプの乾燥代替肉があるとかなり便利です。体にも良さそうですし)

  

夕方(授業前):雑穀と代替肉を一緒に炊いて、冷凍しておいたご飯をおにぎりにして食べる。

 

夜(寝る前):プロテイン

 

という感じになっていて、お腹すいたら合間にヨーグルト食べたり、インスタントスープ飲んだり、お菓子食べたり……

なんだかんだ言って日中ずっと食べてるみたいな生活のせいか、夜ちゃんと食べてないせいでおなか減った!ってなったことはないです。下手したら1日7食くらい食べてる日あります。

 

ただ、野菜が乾燥野菜しかないのもちょっと……。って感じなのですが、野菜切る時間もないし。。。。青汁でも飲めばいいの??と思いつつ、代替肉やプロテイン、レトルトもですけど、全体的に普段よりエンゲル係数が上昇している感は否めません。土日作り置きしようかとも思ったのですが、勉強間に合ってないから土日に少しはしないととか、ほかにもやりたいことあるのよ。とか、遊びたいとかダラダラしたいとか。。。

 

色んな欲求と上手く折り合いをつけられるようになるまで、まだしばらくかかりそうです。

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AO事務に疲れてきたアラフォー独身派遣社員は、株を売ったお金で鍼灸師を目指すことにした。

ラノベみたいな長いタイトルになってしまいました。

小学生の頃ティーンズハートを愛読していたのですが、その頃15、6文字程度のタイトルの本のあとがきで作家さんが”タイトル長い”って書かれていたんですが、今や30文字超えたりしてる作品も多々あるそうですね。寿限無か!ってなりそう。友達にすすめるときとか大変そう。

 

残念ながら私はラノベ作家ではないので長いタイトルの先にこころ踊る物語が紡げるわけでもなく、タイトル=結論 な投稿であることここでお伝えしておきます。

 

何故突然鍼灸師!?と色々な方に聞かれるのですが、昨年始めた筋トレ始めたのと同じで、年々”健康でいること”の大切さをヒシヒシと感じるのですよね。

やりたいことをやりたいときに、病気というわけでもないのに、頭痛や肩こりや動かない体に悩まされたりそのせいで断念するのは面白くないです。

 

かといって健康や美容にストイックに頑張れるタイプではなく、朝RUNとか、食べたもの記録とかできる気がしない。

でも出来る気がしないからといって何もしなければ体はどんどん動かなくなっていくこと請け合い。20代の頃から不定愁訴に悩まされて、整体とかカイロとか定期的に通っているで、このあと襲い掛かってくるであろう更年期を乗り越えられる自信もない…。まずくない?という不安はぬぐえず。

数年前からアロマの資格とったりヨガとかピラティスとか検討もしたのですよ。あわよくば仕事にできるかも?という思いもありました。

でも、アロマの”香り”には興味があっても、それを利用した”マッサージ”や”クラフト”にはあまり興味を持てず、(あと、マッサージされる側は好きだけど、する側ってしんどそうで私では長く続けられなさそうだなと)ヨガやピラティスはまずグループレッスンが多くてついていけるか不安だし、講師の資格もどれ取ったらいいか分からなかったし、私のような怠惰系ズボラ派講師は良くない!イメージ的に!となり、仕事に出来る気はしなくてもとりあえず体力!歩けなくなる未来回避!ということで筋トレを開始したのが昨年の2月。

 

そして、時をほぼ同じくしてコロナ渦本番開始 in japan 

なれないテレワーク。友人にも会えず、通い始めたばかりのジムも休業。社会全体がピリピリして心まで沈んでそのせいで肉体の元気もなくなっていくという悪循環。

そんなときにテレビで鍼灸の科学的な研究が進んでいて、痛みや心の不調にも効果的という話を見たんですよね。鍼灸師良いなぁと思う一方、昔、職業訓練一覧で鍼灸師を目指すコースがあったことを思い出しました。その時も一瞬興味持ったのですが、かかる費用が高く(500万以上)時間もかかる(3年通学)ということで即諦めたんですよね。

 

でも、今なら…

仕事しながら通える(夜学)ところがあれば、株売ったらいけるかも…??

と気が付きました。全部売るわけじゃないし。利益のでている今のうちに売って、学費にして、資格とって稼いで、また株買い増したほうが良くない?

 

それに鍼灸なら体力が多少衰えても続けられそうだし、健康にも美容にもアプローチできるし、マイペースで働けるなら定年ないお仕事のほうが良いし、なによりずっとPCと向き合ってばかりのお仕事続けるのもしんどいし続けられるのかもわからない。

と思って「鍼灸師 学校」 を検索してたら、通える範囲であったんですよ。

 

しかも!!

数年前に出来た雇用保険の制度で、受講料の補助があることが発覚。

これは行ける!株全部売らなくても行ける!!行かねば!!

 

というわけで、資料を取り寄せ、オープンキャンパス的なものに行き、受験をし、春から働きながら鍼灸師めざして通学することになりました。

本当に続けられるかドキドキしますが(体力的にも)頑張るしかないですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

去年1年振り返ると、メモ程度の内容でも長くなるよそりゃ。

ブックマークを押したら、特別お題キャンペーンの文字が目に飛び込んできたので、

#この1年の変化」がブワッと浮かんできたので、書き残しておこうかなという気持ちになりました。

窮屈なこと、悔しい思いをすることが多かった年でしたが、そんな中だからこそ感じ取れたり考えたりできたことも多いので。

 

1月~2月は、まだ”対岸の火事”を見ている気分で、社内で在宅勤務の話がささやかれ始めていてもせいぜい2~3週間の事、しかも派遣として働く私には関係ないことだと思っていました。

それよりもアラフォーになり体力の衰えが気になるから、運動習慣をつけよう!パーソナルトレーニングを受けてみよう!と感染症とは関係ないところで”健康意識”を高めていました。

株価がめっちゃ下がって、”うわー。泣くー。回復までどれくらいかかるかな。もう一段下がるかな。その時買い増ししたいな”とか考えてました。まだ脳内平和でした。

 

3月になって、世間より少し早く在宅勤務が始まりました。派遣社員まで在宅になるとは思っていなかったしその頃はこんなに長引く事案だと思っておらず、ラッキーという気持ちと戸惑いが半々で。いざ始まってみると”一緒に働く人の気配がわからない”不便さや心細さ、何か起こった時の対処への不安がムクムク湧いてきて最初の2週間は本当にしんどくて。でも始まった最初の週はその愚痴をプライベートの友人にこぼすための場もあった。

思っていたより大ごとになるかも知れないと思ったのは、連休の前日。

大阪の吉村知事が連休中府県をまたぐ往来を自粛して欲しいという会見を開いたとき。

毎週のように府県跨ぎで遊びにいっていた私にとっては結構なショック。

社会の空気が変わっていって、そういうのに弱い母親も心身のバランスを崩し始めたりしていました。

 

4月。社会の空気が一気に変わって、緊急事態宣言が出て、重苦しさが一気に増した。

ネイルも付け替えじゃなくて外してしまった。通い始めたばかりのジムも開いていない。家で習った動きをしてみるけれどモチベーションが続かず。

仕事は何故か忙しく、有難いことに”派遣切り”されるような気配はなかったけれど、

ニュースやSNSもCOVID-19一色で、1人で仕事してると世間と隔絶されたような気持ちになって、孤独感を募らせる。SNSで繋がっても”会えない”ことを実感してしまって”普段会えていた人”の動向を知るより、”ちょっと遠くに住む友人”とそっちはどう?とご機嫌伺いしあってました。

株価が上がっていくのが不思議で、”いや、もう1回下がるやろ。夏とかに”って思ってたのですが(上がっていっちゃいましたね)

 

5月のGWには地元の友達と、徒歩20分くらいのところにある大きな公園にピクニックに行きました。

ソーシャルディスタンスピクニックwとか言いながら、友達がテイクアウトしてくれた料理屋さんのお弁当を持って。

久しぶりに”息をした”気持ちになって、私たちの状況なんて関係なく自然界の時間は流れていて、動植物は生きて、季節は移ろっているという当たり前のことを実感した日。五感を使って生きることを思い出した日でした。

 

6月~11月

緊急事態宣言が解除されて、今まで通りとはいかないまでも月に数回は府県を跨いで友人とも会えて、ジムにも通えるようになった。

消毒ジェルやマスクケースを携帯することにも慣れてきて、久しぶりに会社の人と会うこともできたし、食事も出来た。

友人と公園で花火をして楽しんだりすることもできた。山にも遊びに行った。当たり前だったことが”ままならないこと”になった分、1回1回が愛おしい時間になりました。

外出する機会が激減したので、普段しないような贅沢も。

Not go toでミシュランのビブグルマンのお店にお寿司ランチ(お任せコースオンリー)を食べに行ったり、友人家族が誘ってくれて、1泊旅行にも行った(こっちはGo to)。普段から外食は好きだけど、基本的に気軽に飲める友人知人のお店とかが多いし、旅行の趣味もない(荷造り荷ほどきプラン決め諸々めんどい)ので、贅沢感すごかったです。ただ、感染症対策しながらの外出&ぬぐえない緊張感が常にある状態なので解放感が半減するのは仕方なく。。。

緊急事態宣言解除しても家からほぼ出ない日も多く、雑談不足を感じてこのブログを始めたりもしたし。(10日くらい本当に1歩もでないときもある。通販大好き)

友人が仕事で独立することが決まって、少しお手伝いさせて貰うことになったり。 

それなりに、楽しい思い出も作れた日々だったのですが…

秋に祖父が亡くなって(高齢で)、密になるといけないという理由でお葬式に参列できなかったときの気持ちは、なんともいえないものでした。

 

そして。

ニュースやSNS、株式の動き、社会の流れを見ているうちに、私の中で”これからどうやって生きていこう”という思いがムクムクムクムク。と湧いてきました。

実際に友人知人と会うなかでも、自粛期間中の過ごし方や、多くの友人知人がそれぞれ孤独や不安と戦っていたことや心身の不調を感じていたことを話しているうちにキャリアチェンジについて考える気持ちがムクムクムクが膨らんで。

幸い株価が上がっていて、勉強するための資金捻出が可能ということもあり、株を(全部じゃないけど)売って、夜学に通うことを決意しました。

 

12月~年明けは

再び重苦しい空気が漂い始める世間の空気も感じつつ、夜学に通うための準備で、そもそも外出している暇がない状況になったので、かえって忘新年会がない寂しさを感じることは少なかったです。(かといって良かったとは決して思えないけれど)

忘新年会出来なかったので、お正月は贅沢しようと生まれて初めておせちを買って、それが美味しくてとても嬉しかったけれど、ここ数年の年明けのように清潔だけどおしゃれとは言い難い安い居酒屋でワイワイやりたかったなという気持ちは消せないんですよね。これが。

入試や入学準備でバタバタしてるから、必要以上に寂しくならないという感じ。

 

 

振り返ってみると、引きこもり時間が圧倒的に多いわりには新しい人脈や面白そうなイベント?のお手伝いをさせていただくことや夜学に通うことなど、例年以上に”さきのこと”について考えたり行動している日々(現在進行形)で、何年か先に振り返ったときターニングポイントとして振り返ることになるのだろうなという気持ちでいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

産んでないからって油断してるとあっという間に歩けなくなると思ってるという話。

昨年から”健康”への興味が上昇している私。もちろん感染症の影響もあるのですが、

年齢による衰えを感じたことが大きいです。

 

近年、メディアやSNSで〇児の母で〇〇!とか〇人産んでこの体系!見たいな

”母なのに”○○と捉えさせるような表現をよく目にします。

”母”になることで何かを諦める必要はないというポジティブなメッセージなのだと思うのですが、受け取る側にとっては”母”であることを言い訳にするなよ。いつまでも綺麗でいなきゃいけない。バリバリ仕事をしなくちゃいけないっていうプレッシャーになってしまうんじゃないか。と時々他人事ながら不安になります。

というか私がもし”母”だったら仕事とか体形とかまで気を回せる自信全然ないし、パートナーに”ほら〇〇さんだって母親なのにバリバリ働いてるしスタイルもいいよね”とか言われたら、私だって私なりの精いっぱいで子育てしてるのに!そんなとこまで気を回せないよ!!って絶対悲しくなる。

 

で。現実の私は子供いないどころか結婚もしていないわけで、自分のための時間がとりやすい立ち位置なのですが、まぁ…めっちゃ外見に投資することより、趣味に費やす時間に課金するするタイプです。

でもね、そんなタイプでもやっぱりアラフォーともなると”衰え”に気が付いて恐怖したりするわけですよ。そして気が付くのです。

”私、産んでないことに油断していた……妊娠出産をしていない分、スタイルの維持はしやすいはずだって思っていた…”と。

なんか、この言葉ちょっと嫌ですね。

でも正直なところこう思ってしまったんですよね。

子供産んでなお○○!って言ううくらいだから、産んでないなら大丈夫なんじゃない?って無意識に思っていた自分にある日気が付いたのですよ。

 

妊娠出産しないというのは、自分の肉体と向き合う機会の喪失という側面もあるなあと。大きな変化がない分、じわじわじわじわ…気が付いたときにはドン!っとなるのかもしれない……。

 

…………こわい。

 

あと、産んでないんだからスタイルとかキープできて当然とか思う人もいそうで嫌だわぁ。。。

とも思ったり。



私は今までの運動不足のおかげ?で、”このままでは歩けなくなるかも知れん”と思った瞬間があったけれど、実際”歩けなくなってから”気が付くような方も多いらしく(BY パーソナルトレーナーさん)、老化は”突然”なるものではないのに、気が付くのは”突然”だったりするみたいで厄介ですね。

友達の子供(中学生)にも”(老化を感じるの)はやくない??”と突っ込まれたのですが、、、

もし生理前の下腹のボリュームアップ感や、落ちにくさ、柔軟性の低下に気が付いたら、それは”今までの生活習慣の見直し時”だと思います。自分を観察してみたら思いもよらないところに肉がついていたり、体力が減っていたり。。。

特に運動があんまり好きじゃない人。運動を始めてすぐにそれを習慣化させるなんて、とても難しいことだと思うから”まだ早いかな?”と思うときから始めてちょうど良いんじゃないかと感じている今日この頃です。

 

…健康について思うことを書こうとしていたのに何故か、妊娠出産してないからって油断するなよ!ってことが一番言いたいことになっていました。なぜだ。いつもだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

健康診断で筋トレ効果を実感したお話。

筋トレ始めようと思ったのは昨年の2月だったのですが、緊急事態宣言等もあり、ちゃんと筋トレを始めたのが去年の夏。半年間ほぼ週1(たまに2週に1)でパーソナルトレーニングを受けています。

liangjia.hatenablog.com

 

この間、食事制限は一切なし。食べ過ぎも飲み過ぎも日常茶飯事で

あと、筋肉痛を言い訳に宅トレもせず…あ、でもストレッチは出来る限り毎日少しだけでもやってた。というレベルなので、とてもじゃないけどトレーニーとは名乗れない人間なのですが。

 

年末に健康診断を受けまして、たとえ週1でもちゃんとしたトレーニングをすれば体は変わるんだ!ということが目で見えるカタチ(数字)で表れて、今浮かれています。

 

 

体重はほぼ変化していないのすが、

中性脂肪が大幅減!

コレステロール値も減!

 

実は去年までBMIが19台でもコレステロール値が異常値を示していたのです……。

(BMI18台のときだけコレステロール値正常値でしたが、その頃細かったのはストレスのせいでご飯あんまり食べれてなかったからだし、ストレスなくなったら体重一瞬で戻ったし)

 

コレステロール値が高いのは家系的なところがあってちょっと諦めていたのですが、

ちゃんと運動したら週1短時間でも体変わるんだ!!と実感。

 

もっと運動したり、食事制限をしないと減らせないと思っていました。

いやーやっぱりやる前から決めつけるのはダメですね。

少しずつでも”やる”ことでちゃんと”効果”はでる!それが筋トレ!!のようです。

 

これはねー。モチベーションあがりますよ。

見た目を短期間で劇的にかえるにはどうしても食事に気を付けることが必要で、見た目変わらないとモチベーションも下がるよねーーーって思ってたんですよ。ジムの予約をしているから何とか継続できているという感じだったのですよ。

 

でも、こんなに数字に表れるのであれば、外見がさほど変わっていないように感じても、体内は確実に健康に向かっている!という気持ちを胸に頑張れる気がする…!!

 

 

 

 

 

 

 

小さな主語で創られたものから感じた広い世界もしくは世界との距離感のお話。

年が明けて1週間たっての本年初ブログが昨年の話というところに思うところもありますが、年末に感じたものを文字に落としてみようと思ったのが今なのだから仕方ない。

 

ということで。

紅白で夜に駆けるを始めてちゃんと聞いて「ダウンロードしなくては!」となりました。

正直なところ私はボーカロイドの良さにそこまで乗っかれず、YOASOBIさんが若者に人気!という話を聞いてもボーカロイドみたいな歌だな~としか思っておらず、ちゃんと聞く機会もなく、ジェネレーションギャップかな…トシとったな…と思ってたのです。

www.youtube.com

でも紅白でのパフォーマンスを見て、その世界観をちゃんと知ってウズウズしました。

歌詞のもととなったのは、タナトスの誘惑というWEB小説ということですが、読んでいなくてもその世界観に触れられたような感覚が襲ってきて本当に一つの物語を読んだかのような錯覚に陥りました。めっちゃ本読んでみたくなる。

夜に駆ける YOASOBI小説集

夜に駆ける YOASOBI小説集

 

 

個人的な感情を言葉にしつつ、架空の世界を感じさせる曲ってファンタジー小説を読んでいるような気持になる曲ってなんだかワクワクする。

アニソンってその典型だと思ってて、個人の感情だけじゃなく世界観まで体験させてくれるから人気出やすいのかなーと思ったり。

LISAさんの炎とか原作読んでる人とか涙腺崩壊する人多いと思っている。年明けに天気の子見てて、RADWINPSさんの曲聞いてる時も身もだえ。

 

ところで、いま私”架空の世界を感じさせる”曲と書いたのですが同じ”架空の世界”でも時代によって人気のある世界観」って違うよなぁと思っていて。

 

その中でも”夜に駆ける”は本当に”イマ”だからこその世界観なのではないかな。と思ってのですよね。Z世代とかデジタルネイティブと呼ばれる世代がもつ世界観を強く感じさせる作品のように思えました。

 

夜に駆けるを聞きながら、私はTwitterでバズっていた同じくZ世代でマルチクリエイターとして活動する南村さん(https://twitter.com/jocojocochijoco )のことを思い出しました。

news.livedoor.com

news.livedoor.com

 

あくまで個人的に感じていることですが、彼、彼女らの創り上げるものは他人に対して”ポジティブに生きよう!”とか”そんなのでいいの?”とかいうおせっかいなメッセージ性が見られない気がしていて。

振り返ってみれば私たちは、〇〇すべきとか〇〇したほうが良いよ。とかそんな考え方だからダメなんだよ。とか。良く知らない誰かからのメッセージが溢れている世の中で生きてきたように思うし、今でもそういうメッセージはあらゆるところから発信されていて私たちは良くも悪くもそういう言葉に心を動かされながら生活している気がするのだけど、そういうもののが感じられなくて。

 

何というか、自分自身が属する(もしくは伝えたいと思う)世界との”距離感”が変わってきているのではないかと。

これまでは、その世界で生きている”自分自身”が主体で、自分(主人公)の言葉が何よりも強く、伝えたい、伝えるべきもので、そこに重点を置いたものが多かったのかもしれない。

でもこの年末年始に感じたのは”ある世界”に置かれた個人がその世界の印象を自分を媒体にして伝えているようなそんなイメージ。…わかりにくいな。

私の語彙力と文章力の問題がかなりネック。

うーん、、、、、なんていえばいいんだろう…。

「私はこのエピソードからこういうことを思ったよ(だから作ったよ)」ということをただ伝えたくて伝えている。という印象。自分自身のメッセージで世界を丸ごと変えてやるという熱さはないけれど、その分伝えたい”世界観”の輪郭が明確な気がしていて、それがとても強いメッセージになっている気がしている。「こういう世界があって私はこう思ったんだけど貴方はどう思うかな?」と問いかけられている気分になるというか。

声の大きい誰かが”正しい生き方”を誰かに伝えてそれをルールとして引っ張っていく時代が終わって、自分が生きていく中で感じたことを何かの結晶みたいなものにして人に見せることで、個々が個々に問いかけて、受け取った側がそれぞれ色々考える。

 

 

誰かが思う正解に他が追従するという時代は本当に終焉を迎えているんだろうなー

でかい主語使ってるけど実際はちっさい個人の主張を押し通せた時代から

小さい個人の感想に見せかけてその背後に広い世界を感じさせる時代へ。

そんなふうに表現が変化しているよなー

 

なんてことを徒然に思っているうちにお昼。

 

 

 

 

師走の名に相応しいひと月

f:id:liangjia:20201230112338j:plain

仕事も納まって、孤独のグルメみながら株式見たりしながら片づけをしたり、年末感。

昨日健康診断に行ったりとギリギリバタバタな年末進行でしたが、ようやく一区切り。

このあとまだ整体に行きますが。それが終われば外出の予定もなく。

 

今日の夜から無茶苦茶寒くなるそうですね。

関西の太平洋側住なので、あまり寒さや雪に慣れていないので、年末年始の寒さに怯えています。

 

昨年の同じ時期には考えられない変化が沢山あった1年でした。

年明け、自身の今後の健康について突然不安を覚えてパーソナルトレーニングを始め、

感染症の影響でジムに行けなくなり、在宅勤務が始まり、外出自粛にともない遊びに行きにくくなり、身のまわりで感染症にかかった方はいなかったのですが、いつもと違う生活を強いられることで心身のバランスを崩した話は多々耳にし、株価は下がったと思ったら急上昇したり下がったまま戻ってこなかったり………

 

あまり外に出かけることはなかったのですが、その分1回1回の外出が濃かったり、

人生の転機になりそうな出来事も幾つかあった1年でした。

 

徒歩で行ける公園で地元の友人とプチピクニックをしたり、

ビブグルマンのお店でお寿司食べたり(Not Goto)、

友達家族からのお誘いで、露天風呂付き部屋でおなかパンパンになるまで食事を楽しみ(カワハギの肝とのどぐろの香草焼きが絶品でした)ひたすら部屋の露天風呂でお庭を見ながら足湯したり(Goto)

友人が働いているスナックでスナックデビューをしてみたけどお客さんがほかに誰もいなくて、仕方ないけど切ないなぁ…と思ったり。

 

そして…意外と散在しました。

本も沢山買ったし、在宅勤務中のランチにと色々な食品やドライフルーツやナッツを買ったり、ハンドマッサージャーとか美容家電的なものも買って、、、結構な散在ぶりでした。

外出自粛で出費が減ったという方も多い中、大丈夫か私…???と思ったりもしましたが、本や食品といった自身の血肉に繋がるものへの課金だったので、まぁ……。ちゃんと活かしていきたいと思います。

毎年楽しみにしていた大勢でのイベントごとは出来なかったけれど、

それでも花火とか山奥での栗拾いとか、出来たこともあって”あたりまえ”だったものがとてもとても貴重なものだと思えた日々でした。

 

でもやっぱり来年は…せめて、忘年会はしたいなぁ。

 

家に居ながらにして変化の多かった年でしたが、一番の変化は来年から夜学に通う決意をしたことです。

心身のバランスについてや働き方、そしてアラフォーという自身の年齢や独身という状況を鑑み、自分が今後何がしたいか、何が出来るかと考えたとき”進学(学びなおし)”という選択肢が現れ、具体的に動き出したのが秋頃。オープンキャンパスや体験入学を経て、入学を決意しました。

 

仕事との両立とか色々不安なのですが、今やらないと後悔しそうだったので。

順調にいけば来年の4月から夜学生です。